全日本選抜競輪の余韻もそこそこに、選手もファンも休む間もなく、翌週末には記念が開催されている。これが競輪の良いところでもある、週末には必ず日本のどこかで大きなレースが行われているのだ。今回の舞台は香川県は高松。
先日の全日本選抜競輪ではまさかの二次予選で敗退してしまった23年のGP王者松浦はここで良い走りで取り返したい。
そして休む間もなくと言えばこの人…今年48歳のSS佐藤慎太郎は1/11の和歌山記念を皮切りに6週連続斡旋である。鉄人である…
他のSS陣のケガや体調不良による欠場も重なり、ここまで斡旋が続いている。本人はどこまでやれるのか。どういう状態になるのか。試しているというコメントもあった。ここまできてさらなる向上心、あくなき探究心はさすがである。
競輪界へ新風
決勝で菊池岳仁(長野)の後ろを巡って佐藤慎太郎(福島)と東龍之介(神奈川)が
競るということになった。
経緯としては東が佐藤に対し、番手を主張したと見られる。東は並び発表後のコメントで『僕のわがまま。慎太郎さんには申し訳ない』というコメントから本来であれば菊池−佐藤–東という並びだったのではないか。と予想される。
準決勝で菊池と連携し、捲ってくる北津留を完璧に止め、ワンツーで決めるという大仕事をやってのけたこともあり菊池との連携に良い感触があったのかもしれない。調子も良さそうである。
マーク屋としてのプライド
しかし、目的はそれだけか?
東は34歳。選手として成熟してきていて、地位を築く上でもよい年齢に差し掛かっている。ここで輪界のレジェンドである佐藤慎太郎に競りを仕掛けるという大きな決断をしたことで、東は地元地区内でも地位を上げることに繋がるのではないか?ということだ。
競り勝つことがあればなおのこと、仮に競り負けたとて、この勇気と決断は誰もができることではないし、素晴らしいことである。今後において東のファーストペンギン的な役割は今後の番組編成や並びに大きな影響を与えることになるだろう。
決勝
レース前から繰り広げた様々な争いは号砲と共にさらに激しい争いへと変わった。
争いは前受けから。松浦が取ったかと思いきや、町田の上昇が遅れ連携が上手くいかず?後ろ攻めとなった。
町田のつっぱりつっぱり死に駆け先行から松浦番手捲りで香川とのもがきあいという予想が大方の予想であった。
赤板で叩きに行くも菊池は同期で早期卒業の町田に対して敵意剥き出しで果敢につっぱる、後ろの競り2人がここについていけない。町田はそれでも先頭に出ようとするものの松浦がバックを踏み町田を向かい入れる。番手に収まった町田は最終ホームで再度仕掛け叩く。これに浅井、千切れた東まで追走。
浅井の捲りに対して松浦がバックから番手捲り、半周のもがきあいになるも浅井に軍配が上がった。
浅井はインタビューでも答えていたが、中団へのこだわりが功を奏した。
つっぱり死に駆け先行の必勝法はどこへ?
なぜ下げたのか?
結果として松浦のこの判断は間違いであったのか?果たして地元香川の2人はこの下げで優勝が遠のいてしまったのか?
レース後につっぱり先行か、打鐘ガマシが作戦であったというが、果たして真相はいかに。今年1年間1番車を背負う松浦にとってマイナスイメージがつかなければ良いが…
松浦のx投稿にて初手を下げたのは町田の希望であったことを明かした。
23年夏以降から多くみられた(地元地区に多く見られる)ライン4車以上つっぱり死に駆け先行の勝利の方程式も崩壊しつつある。
24年のここまでの記念を振り返ってみると
大宮記念 埼玉5車結束つっぱり死に駆け先行を単騎に捲られ失敗。
和歌山記念 近畿4車結束も後方から仕掛け優勝、確定版独占。
川崎記念 南関5車結束も後方から仕掛け、優勝。
いわき平記念 九州は4人決勝入りも結束せず。
静岡記念 3車だったがつっぱり死に駆け先行を敢行。単騎に捲られ失敗
選手達はトップアスリートであり、何度も同じミス、負け方をしないように研究に研究を重ねているし、逆に何度も同じ勝ち方が通じないこともわかっているのではないだろうか?
今回松浦(町田)が初手で引いたこと(後ろ攻めに切り替えたこと)が直接的な敗因ではないような気もする。
Sを取りに行ったようにも見えたことからS取り争いから先行争い中四国勢には迷いがあるように見えた。結果的にラインも分断、終始バラバラな組み立てとなってしまった。
波紋を呼んだ競り
菊池のつっぱりに反応できず、2人で競ったまま後方へと沈んでしまった。それでも東は最終ホームで追い上げ、松浦の番手まで追い上げる意地を見せたが追走まではできなかった。
レース前、2人に競りについて観衆の反応は佐藤慎太郎に対して余計なことはするな。といった声が多くあったように感じた。
東に対して、3番手に納得出来ないのであれば中四国に競りに行くべきでは?という記者がいた。その記事が火種となり、観衆がネット上で佐藤こそ中四国に競りにいけ。という声が上がった…
選手に対し、これはあまりにも失礼であるし、今後のことを何も考慮していない希薄な思考である。
北日本、関東、南関の連携(東日本ライン)は普通にあるわけだから、レジェンドである佐藤が東に番手を簡単に譲るということがどういうことなのか。当たり前だが佐藤は『折り合いがつかなかった。引くわけにはいかない』とコメントした。
中には関東に(地理的に)近いのは南関だから佐藤は三番手や別線、または単騎を選択するべきなんて声までも…いや、確かに地域や地区でラインを組むのだが、距離的な近さ決めていたら何もかもがおかしくなってしまう。
菊池は関東地区で、佐藤は北日本。東は南関なので互いに連携実績はありながらも正確には別地区である。そうなると競争得点や実績で佐藤が番手というのは自然であるが、
元選手が”シリーズ通して勝ち上がり方”にこだわる選手が少なくない。といっていた。東としては準決勝での菊池との連携はそれほどしっくりきたのだろう。
鉄壁と見られていた中四国勢の壁を壊すには菊池と東の連携は対抗としては絶好と見られていたわけだ。
【競輪】を楽しめるか
ラインが存在し、そのラインの位置で勝率が変わってくる。そこにプライドや地位が絡みレースの勝敗とは別に”競り”という勝負まで存在するのだ。そしてその動きによっては今後に影響する。
これが、競輪ならではの楽しみの一つである。この競りによって有利になるラインもあれば、展開がゴチャつき、落車の可能性だって上がる。
もちろん予想はしにくくなる。それが競輪である。
これが面白い。